アシザワ・ファインテック株式会社は、1903年創業の千葉県で最古の機械メーカーです。120周年を迎えた伝統ある企業ですが事業領域は最先端そのものであり、世界トップレベルの微粒子技術で国内外のモノづくりを支え続けています。
主力製品であるビーズミル(微粉砕・分散機)は、対象の物質をナノメートルサイズにまで超微細化する機械。バッテリー、各種電子部品、化粧品、食品などの製造は、この技術によって成立しているといっても過言ではありません。
持続可能な成長を目指し続ける老舗企業が、健康経営に取り組んだ経緯から成果まで。長年にわたって健康経営の推進に奮闘してきた人事総務課・人事総務グループ長の宮下さんにお話を伺いました。
業績低迷の危機を乗り越え、5年連続の健康経営優良法人へ
―――アシザワ・ファインテックさんは、微粒子技術のトップメーカーとして知られていますが、その技術とはどういったものなのでしょう。
宮下:ビーズミル(媒体攪拌ミル)によって、加工する原料をナノサイズ(10億分の1)まで微粉砕・分散する微粒子技術のことです。粉砕室内のビーズ(粉砕メディア)にアジテータで運動を与え、原料の粒子とビーズを衝突やせん断力によって対象物を微細化するというものです。B to Bの技術なので一般の方々には馴染みがないと思いますが、皆さんが普段使っている多くの製品に弊社の技術が活きています。
たとえば身近な商品でいうと、とある大人気のボールペンがありましてこのボールペンの特長は、驚くほどなめらかな書き心地です。その秘密は弊社の技術でインクの粒子を極めて細かくしてあるからなんです。高級なファンデーションも同様に材料をナノサイズにしているため、肌を美しく見せて落ちにくいんです。
その他にもリチウムイオン電池から食品まで、多くの製品がこの微細化技術によってできています。弊社には創業以来、モノづくりを支える技術で社会に貢献してきたという自負があります。
―――御社は歴史と実績を重ねた、いわば老舗企業だと思いますが、健康経営に取り組むきっかけは何だったでしょう。
宮下:弊社は健康経営優良法人(中小規模法人部門)に2019年度から5年続けて、「ブライト500」*には3年連続で認定をいただいています。
*「ブライト500」とは、健康経営優良法人の中から「最も優れた企業」かつ「地域において、健康経営の発信を行っている企業」として、全国上位500社に選ばれたことを指します。
実は、健康経営に取り組む以前に大きな改革がありました。20年ほど前になりますが、当時は業績が低迷していた時期でした。会社の方向性やあるべき姿を見直す中で、企業風土から職場環境に至るまでの大改革を行ったんです。
私も10年にわたって健康経営の推進役として取り組みに関わってきましたが、ここまで順調に成果を挙げられているのは、当時の芦澤社長(現・会長)が未来を見据え、20年前から改革を進めてきたことが大きかったと感じています。
―――なるほど、その改革の延長上に健康経営優良法人の取得があったのですね。
宮下:私が入社したのが、まさに改革の時期でした。女性初の文系総合職採用だったんです。この後も私は初めてずくめで、結婚後に出産して弊社初の育休を取り、仕事復帰をしたのも初でした。その後は誰もが抵抗なく育休を取るようになりました。新しいことって誰かがやって見せないと進んでいかないんですよ。
―――ご自身が先頭を行くロールモデルの役割を果たしたのですね。
宮下:昨年の6月に社長に就任した加藤が、さらなる健康経営を推し進めています。新社長の加藤は設計畑の出身でして、社員から社長になるのは弊社の歴史で初めてのことです。
実は10年前に芦澤社長(現・会長)から「健康経営に関する業務を加藤君と共にやってくれ」ということで、私が事務方として一緒に仕事をさせていただきました。以来、二人三脚でこの取り組みを進めてきたんです。
―――現トップが職場を熟知していて推進役の宮下さんとのコミュニケーションも良好というのは、今後の活動にとってすごくプラスですね。現在、宮下さんは管理部・人事総務課のグループ長という立場で健康経営を進めているわけですね。
宮下:そうですね。今年の4月までは人事総務の課長だったんです。課長としての実務があるとなかなか自由には動けないので、いまのポジションに就きました。現在は衛生管理者と安全管理者としての仕事が中心で、障害者雇用についての講演や商工会議所で経営者の方々に健康経営を広めるセミナーなども行っています。
ダイバーシティに結び付いた 「得意なことを、得意な人に」 の職場づくり
―――人事や採用の点からお聞きしますが、やはり社員構成は理系出身の技術者の方が多いのでしょうね。
宮下:そうですね。ただ、技術系男子ばかりではないんですよ。文系出身者や理系の女性もたくさんいますし、シニアや障害者の方々も活躍しています。さまざまな人の力で社内は活性化されていて、これもずっと続けてきた取り組みの結果だと感じています。
もうひとつ、弊社のユニークなところですが、「得意なことを、得意な人に」という会社なんです。たとえば設計をやりたい人にカタログをつくってくださいと言ったら嫌がりますよね。(笑)設計がやりたい人には設計を、製造が好きな人は製造を、広報をやりたい人には広報をやってもらった方が、やっぱり成果が出るでしょう。
―――結果的にダイバーシティが機能する職場になったのですね。
宮下:弊社はダイバーシティを謳うというより、会社を活性化させるということが前提にあって、そのために多様な能力が必要という考え方でした。実際、それが業績にしっかりと結びついています。
コストをかけずに成果を上げる 協会けんぽ、保険会社などもフル活用
―――現在行なっている取り組みの具体例をおしえてください。
宮下:弊社では健康経営を推進する取り組みとして、食事、運動、睡眠、コミュニケーションを4つの柱としています。それぞれの項目に何か問題がないか、ある場合は外部の専門機関の指導も取り入れながら、個々人に改善のためのサポートをきめ細かく行なっています。
体制としては約15名の社員から成る安全衛生委員会を中心に事務局が人事総務課、衛生管理者を私が担っています。外部の機関としては協会けんぽの他に、産業医の先生方や保険会社さんにもご協力をいただいています。こうした取り組みが目指すのは、すべての社員がいきいきと働ける会社、つまり従業員のウェルビーイングの実現になると思うんですね。
―――しっかりとした体制が整えられていますね。
宮下:今年からは協会けんぽの健診制度の拡充を機に、付加健診もプラスすることにしたんです。これは、40歳から5年毎の節目の年であれば70歳まで、一般健診に加えて腹部超音波検査や肺機能検査などを加えた人間ドック並みの【付加検診】を安く受けられるというものです。
これまで受診を呼び掛けてもなかなか社員が受けてくれませんでした。そこで、健診時を出張扱いとして時間も交通費も会社負担にしたところ対象社員の85%が受けてくれるようになったんです。 このアイデア自体は直属の部長が思い付いたことなのですが、部長たちは「ちょうど健康状態が気になる年頃(50代)」だったというのも大きなきっかけかもしれません。おかげでこの施策はすんなり会社許可が下りました。
―――社員の皆さんの意識を変え、行動につなげられたわけですね。
宮下:一般健診に付加健診を追加すると本来は数万円の費用がかかるんですけど、この制度を利用したタイミングで受けると負担額が数千円に抑えられるんです。残りは協会けんぽが補助してくれるわけですから、利用しない手はないですよね。
―――健診の結果はどうでしたか。
宮下:それが…治療が必要な病気が見つかるんですよ! 放っておけば大変なことになっていたケースがありました。その社員と「早く見つかって良かった、危なかったね」って。本当に実施して良かったと思います。
―――最近は保険会社さんの健康管理のノウハウを活用する企業もありますね。御社では何か活用されていることがありますか。
宮下:弊社も保険会社さんとも契約しておりまして、そのサービスの1つに健康習慣アンケートというものがあるんです。どんなものを食べているか、睡眠の状況はどうか、さらに会社や職場環境への意見も集められます。その結果をデータ化して、フィードバックもしてくれるんです。
―――それは施策などに活かせる貴重なデータになりますね。
宮下:そのアンケート結果で睡眠に課題があると分かったんです。睡眠は健康維持に大きな影響があります。対策として、社員向けに睡眠に関するセミナーを実施して、睡眠時間や質の大切さ、改善策などを説明してもらいました。こういう健康に関する知識を社員に深めてもらう活動も積極的に行なっています。
―――ただ、アンケートやセミナーを行うには費用もかかりますよね。
宮下:いえ、どちらも費用のかからない優れたものを選んで実施しています。これは加藤社長との決め事ですけれど、会社の規模に見合ったコストで成果を上げること。無理なことは続きませんし、やはり粘り強く続けることが成果に結び付くんです。
健康に関する意識とか、職場環境に対する率直な意見とか、そういったなかなか見える化しにくいことが客観的なデータとして明らかになることは、これからの健康管理対策や経営指針の検証にもすごく役立っています。
―――主観や偏見などが入らないから、社員の方々を動かすときに説得力を持ちますね。
健康弁当のおいしさにこだわった 「せっかくだから」 の精神
宮下:こうしたデータで分かるのは、見えないところでいま何が起きているかなんです。健康に関しての指導といっても、社員が会社にいるのは8時間ぐらいですよ。残りの16時間の行動は分からないわけです。
諸々のデータを分析した結果、社内での食事の質の向上を図ろうということになったんです。まず、会社で出すお弁当を玄米弁当にすることにしました。玄米のお弁当を作ってくれる業者さんをいくつも探して、ようやく現在の、魚と野菜と玄米の組み合わせで楽しめる「健康弁当」に落ち着いたんです。おいしいと評判で、値段も290円ですから利用者が多く、お昼の外食に出かける社員が少なくなりました。併せて昼食時には、会社から特定保健食品の乳飲料の無料提供も行なっています。
―――健康に良く、おいしい、しかも安いから続くわけですね。
宮下:実はこのお弁当を食べている人をサンプリングして分析してみたところ、血圧と血糖値が下がっていたんですよ! それから、昼食のあとって眠くなってくるじゃないですか。玄米には、食後の眠気を抑える効果が期待できるんです。私もこのお弁当を食べるようになって、4年以上経ちますが、昼食後眠くならないことに驚きました。
―――眠くなりにくくて生産性も落ちないなんて、良いことずくめですね。
宮下:私は、業務として改善すればいいという感覚が苦手なんです。みんなの食の改善を進めていこうとなれば、じゃあ「せっかくだから」とことん身体にいいものを食べてもらおうと選びたくなるし、付加価値をどんどん付けたくなるというか。
―――「せっかくだから」という考え方がポジティブでいいですね。ひとつのアクションが次々にプラスに働いていく。
宮下:会社内では「健康弁当」だけではなく、身体に良いものを手軽に補えるように品目を選定したショップも設置しています。購入はキャッシュレス決済にしたので現金の回収業務などもないんです。
―――「せっかくだから」の精神ですね。社員の皆さんが買い物に行く時間や手間も減らせますしね。
社員こそ原動力、健康経営の取り組みにゴールはない
宮下:他にも、現在実施している主な取り組みをざっと列挙しますと、運動関連では、社員みんなでのラジオ体操、スポーツクラブ等の費用補助、4年ごとの全社運動会があります。
コミュニケーション関連では、部活動を推進していまして映画鑑賞部など18の部が活動しています。年1回1名3,000円を支給する親睦会費補助というのもありまして、忘年会や新年会など親睦を図る集まりへの参加を促しています。
情報・教育関連では、各種健康セミナーやハラスメント防止の研修を行っています。保健衛生関連では、インフルエンザ予防接種の無償化や先述したような健診を受けるための交通費負担などの工夫もその1つです。
―――実に細かいところまで配慮されていますね。成果はどうでしたか。
宮下:新卒入社3年目の離職率4.3%、残業時間・月平均12.3時間、有給休暇取得率89.1%、女性社員の育休取得率100%、男性社員の育休取得率91.7%。目に見えた良い結果が出てきたと思います。
―――有休も育休も取得率が高いですね。
健康経営に取り組む会社で、認定の取得がゴールになってしまっている会社もあります。御社の場合は、職場環境を整えていった延長上に健康経営認定があるという印象を受けました。最後に、これから目指していることをお聞かせください。
宮下:アシザワ・ファインテックはこの先100年も独自の微粒子技術で、お客様と共に世界最高のモノづくりに挑戦し続けます。それを可能にするのは社員しかいません。
健康経営は会社を前進させる原動力である社員一人ひとりの能力を伸ばし、仕事に幸せを感じて働いてもらうための取り組みです。私どもの健康経営にゴールはありません。
―――宮下様、本日はありがとうございました。
<プロフィール>
アシザワ・ファインテック株式会社
管理部 人事総務課 人事総務グループ
グループ長 宮下 絢