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呉 博士(株式会社UPDATER顧問) 2021.8月執筆
人は、呼吸によって酸素を体に取り入れ、二酸化炭素(CO2)を排出しています。このCO2濃度を計測すれば、新型コロナウイルス感染症対策にも活用することが可能です。
ここでは、CO2濃度を計測することでわかることと、CO2が体に与える影響のほか、CO2濃度を1,000ppm以下に抑える理由について解説します。
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CO2濃度を計測することで密閉度と密集度がわかる
新型コロナウイルス感染症対策として、3密(密閉、密集、密接)を避けることが喚起されてきましたが、屋内のCO2濃度を計測することで、その部屋などの密閉度と密集度がわかります。なぜ、密閉度と密集度がわかるのでしょうか。
密閉度
自分がいる部屋の窓とドアを閉じて密閉度を高くすると、自分の呼吸によって室内のCO2量が徐々に増えていきます。部屋は密閉度が高いため、部屋全体のCO2濃度も上がります。ここで、窓を少し開けて部屋の密閉度を下げるとどうなるでしょうか。
部屋に溜まったCO2の一部が外気と置き換わり、CO2濃度は下がります。さらに、窓を大きく開けて密閉度を下げると、よりCO2濃度は下がり、外気と同程度の値に近づきます。このことからわかるように、CO2濃度を計測することは、部屋の密閉度を知る手段となるわけです。
密集度
自分のいる部屋の窓を開けていれば、CO2を排出しているのは自分1人だけなので、通常、CO2濃度は低く保たれるでしょう。この部屋にさらに1人入ると、CO2濃度は少し上がります。
さらに、3人入るとどうでしょうか。5人が排出するCO2に対して、少し窓を開けていても換気が追いつかないため、CO2濃度はさらに上がっていきます。
このように、CO2濃度を計測することは、人の密集度を知る手段にもなるのです。
CO2濃度がわかれば対策をとるタイミングがわかる
CO2濃度は、CO2計測器で測ることができます。この計測器が高い値を示したときが対策をとるタイミングといえますが、どのような対策が考えられるでしょうか。
原因は密閉と密集ですから、下記のような対策が考えられます。
・窓とドアを開け、換気扇を回して、空気の通りを良くする(密閉度をさらに下げる)
・大部屋に移動する(人の密集度を緩和する)
CO2濃度を計測することは、3密のうち密閉、密集の程度を知る手段となります。そのため、CO2濃度を測定することは、新型コロナウイルス感染症対策として有効なのです。
新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長も、2021年3月12日に開かれた第204回国会 厚生労働委員会 第4号において、「二酸化炭素濃度を定期的にモニターする」「目安は1,000ppm」ということを示しています。
感染力の高い変異株が主流となり、2密や1密の回避も叫ばれる昨今、人が集う場所にCO2計測器を設置し、日常的にCO2濃度をモニターすることは、極めて理にかなった新型コロナウイルス感染症対策といえるでしょう。
出典:衆議院「第204回国会 厚生労働委員会 第4号(令和3年3月12日(金曜日))」(2021年3月)
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CO2濃度が体にどのような影響を与えるか
室内のCO2濃度は、密閉度と密集度を知る指標となります。厚生労働省は商業施設などのCO2濃度を1,000ppm以下に抑えるように喚起しています。
では、なぜCO2濃度を1,000ppm以下に抑える必要があるのでしょうか。それを理解する前提として、建物におけるCO2濃度管理の考え方をご説明しましょう。
参考:厚生労働省「冬場における「換気の悪い密閉空間」を改善するための換気について」(2020年11月)
建物内のCO2濃度は1,000ppm以下に定められている
室内CO2濃度を1,000ppm以下に抑えるという管理基準は、1970年に公布された建築物における衛生的環境の確保に関する法律(建築物衛生法)にもとづいて定められた「建築物環境衛生管理基準」に記載されています。
建築物衛生法は、百貨店、映画館、ホテル、学校、オフィスビルなど、建物を利用する不特定多数の人々の安全と健康を確保するための管理基準を定めた法律です。日本以外のほとんどの国にも同様の法律があり、建物内のCO2管理基準は、1,000ppm以下と定められています。
この値は、世界保健機関(WHO)の報告書を参考に設定されたと考えられています。当時はそのエビデンスが十分ではありませんでしたが、今日ではCO2の健康に対する影響や、室内CO2濃度を1,000ppm以下に管理する根拠は明確になっています。
出典:一般社団法人室内環境学会「空気環境中における二酸化炭素の吸入曝露によるヒトへの影響」(2018年4月)
体に明確な影響が出るCO2濃度
CO2は、濃度が上昇しても自覚症状が出にくい物質です。しかし、管理基準の10倍にあたるCO2濃度1%(1万ppm)付近から、血中のpHが低下してヘモグロビンから酸素が離れやすくなり、呼吸数が増加します。
さらに、濃度が高くなると、濃度3%付近から頭痛やめまいなどの症状が現れ、8%以上で昏倒や失神が起こります。人間が耐えうる最大濃度は9%とされ、濃度25%以上では即死するといわれています。
出典:マルヤマエクセル株式会社「炭酸ガス消火器の放出による人体への危険性」(2014年6月)
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シックビルディング症候群とCO2との関係
シックビルディング症候群(SBS)とは、ビルの中にいることで現れるめまいや頭痛、喉の痛みなどの症状です。1980年代、欧米諸国を中心に社会問題となりました。日本では、「シックハウス症候群」という和製造語が使われています。
このシックビルディング症候群は、CO2濃度とも関係があるとされています。シックビルディング症候群とCO2濃度の関係を調べた研究・調査をご紹介しましょう。
ハーバード大学公衆衛生大学院は、一般的なビルとグリーンビル(エネルギーや水使用量の削減、施設の緑化など、建物全体の環境性能が高まるよう最大限配慮して設計された建築物)で勤務する24人の健康状態に関する研究を行いました。その結果、グリーンビルで働く人々は、明らかに良好な健康状態を示しました。
しかし、CO2濃度が1,000ppmに上がると、気道・目・皮膚などにシックビルディング症候群特有の症状が現れ、頭痛なども有意に増加し、心拍数の上昇も認められたのです。
また、台湾のオフィスワーカー111人を対象に行われた調査では、CO2濃度800ppm以上になると、眼刺激または上気道症状が報告される確率が高くなることが示されました。
CO2による知的活動への影響
1,000ppm程度のCO2環境で仕事をした場合、シックビルディング症候群のような身体症状のみならず、知的活動(問題解決能力や意思決定能力)にも影響が出ることがわかりました。
ハーバード大学公衆衛生大学院の研究グループは、オフィスワーカーの日常的な業務課題への対応能力を、戦略マネジメントシミュレーションと呼ばれるテストプログラムを用いて、CO2濃度600ppm、1,000ppm、2,500ppmの3条件で調べました。その結果、1,000ppm以上では、9のテスト項目のうちの7項目で、有意に課題対応能力が低下することが示されたのです。
また、立命館大学の学生を対象として行われたタイピング実験においては、タイピング誤入力率がCO2濃度600ppmでは4%のところ、CO2濃度1,500ppmでは5.6%と有意に増加することが示されました。
これら以外にも、国内外の多くの研究レポートでCO2濃度1,000ppm前後を境に身体症状や知的活動へ影響が現れることを証明しています。このことから、公益社団法人空気調和・衛生工学会は、ほかの汚染物質との複合汚染の可能性の検討が必要であるとしつつも、建物の室内CO2濃度を1,000ppm以下に抑えることで、健康への影響を防止できると明確に結論づけています。
まとめると、室内のCO2濃度を1,000ppm以下に抑えることは、人々が心身ともに健康で、快適に、効率良く仕事したり学んだりするための必要条件であるといえます。このことから、室内のCO2濃度を見える化し、それを指標に室内の空気質を管理することの大切さがわかると思います。
出典:公益社団法人空気調和・衛生工学会「室内空気質のための必要換気量」(2016年10月)
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新型コロナウイルス感染症対策としてCO2濃度を1,000ppm以下にする理由
では、CO2濃度1,000ppmという基準と、新型コロナウイルス感染症対策はどのように結びつけられるのでしょうか。厚生労働省の考え方について解説します。
室内で人が働く際に必要な1人あたりの1時間換気量は30立方メートル
2020年11月、厚生労働省は、新型コロナウイルス感染症拡大のリスク要因のひとつである、換気の悪い密閉空間を改善するための方法について、「冬場における「換気の悪い密閉空間」を改善するための換気の方法」を公表しました。そこには、「必要換気量を満たしているかを確認する方法として、二酸化炭素濃度測定器を使用し、室内の二酸化炭素濃度が1000ppmを超えていないかを確認することも有効です」との文章が記載されています。
なぜ1,000ppmなのか、この値の根拠について考えてみましょう。
前提として、室内のCO2濃度を1,000ppmに保つために必要な「換気量(室内空気が外気で置き換わる量)」を知る必要があります。
公益社団法人空気調和・衛生工学会は、日本人4,800例の基礎代謝データから、労働の強度に応じて成年男子が呼吸で排出する平均CO2量を算出しました。そして、室内で人が働くにあたって、CO2濃度が1,000ppmを超えないようにするために必要な換気量(1人1時間あたり)として、30立方メートルを導きました(30立方メートルはおよそ8畳の部屋の体積に相当します)。
つまり、室内のCO2濃度を1,000ppm以下で維持するためには、1時間ごとに「30立方メートル×人数」に相当する外気量を室内空気と入れ換えることが必要なのです。
出典:厚生労働省「冬場における「換気の悪い密閉空間」を改善するための換気の方法」(2020年11月)
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厚生労働省がCO2濃度1,000ppmを基準とするロジック
では、厚生労働省がCO2濃度1,000ppmを基準とするロジックを考えてみましょう。
厚生労働省は、「商業施設等における「換気の悪い密閉空間」を改善するための換気について」という資料を発表するにあたり、「感染症の拡散」と「換気回数」との関係についての過去の文献を引用しています。
例えば、「結核とはしかの拡散」と「換気回数(室内の空気がすべて外気と入れ替わる回数)が毎時2回未満の診察室」とのあいだに関連が見られたとする、海外の文献がそのひとつです。
また、中学校での結核集団感染において、教室の換気回数が1.6~1.8回と少なかったことを指摘した国内の文献もあります。厚生労働省はこれらの文献を踏まえ、毎時2回以上の換気回数が感染症拡散防止の目安となると考えました。
次に厚生労働省は、「1人あたり30立方メートル毎時の換気」が行われた場合の、日本の標準的な職場環境における換気回数を、職場ごとの在室密度(1人あたりの占有面積)のデータを用いて計算しました。その結果、標準的な商品売り場では毎時3.2回、標準的なオフィスでは毎時2.1回の換気回数が得られました。
つまり、感染症拡散防止の目安となる毎時2回以上の換気回数が、日本の標準的な職場環境では、「1人あたり30立方メートル毎時の換気」で可能となります。そのため、厚生労働省は、1人あたりの必要換気量30立方メートル毎時という基準は、「感染症を防止するための換気量として、実現可能な範囲で、一定の合理性を有する」と結論づけたのです。
これらの検討を踏まえ、厚生労働省は感染症一般に対する上記の基準が新型コロナウイルス感染症対策としても、矛盾するものではないという考え方を示しました。
さて、前節で説明しましたように、そもそも「1人あたり30立方メートル毎時の換気」は、室内CO2濃度を1,000ppm以下に保つための条件として導かれました。そこで厚生労働省は、必要な換気が行われているかどうかを判断する、より分かりやすい指標として、CO2濃度1,000ppmを採用したわけです。
もちろん、CO2濃度を1,000ppm以下に維持するだけで、感染防止ができるわけではありません。密集した環境を避けることや、近距離での会話を避けるなど、基本的な感染リスク低減対策を併せて行うことを前提として、この指標があることに留意しましょう。
参考:厚生労働省「商業施設等における「換気の悪い密閉空間」を改善するための換気について」(2020年3月)
CO2濃度を常に見える化することが大切
最後に、建築基準法における換気量についてふれたいと思います。建築基準法では、「1人あたり20立方メートル毎時の換気量」が義務づけられています。そのため、建築基準法に準拠して建てられた建物の多くが、今回、厚生労働省が採用した「1人あたり30立方メートル毎時の換気量」を満たしていない可能性があることは否定できません。
そのため、新しいビルだからといってその換気能力を過信することなく、常に室内CO2濃度を見える化し、必要に応じた対策を講じることを心掛けましょう。